Newly Released Single "Orange "

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Newly Released Single

Orange


Music by んoon
Vo. JC Key. Kensaku Egashira Ba. Naoto Sekijima Harp. Yuko
Support Dr. & Perc. Masamichi Kubota
Rec & Mix: Yui Kimijima (Tsubame Studio)
Mastering: Pete Maher


Lyrics


Take me once again up high
わかっているの、また
 I know I... 
よろめくのはその声の中
 Tell me why you spy so good
 A doom  We hit peak bloom


Don’t get it right
It’s all wrong and it’s cute
わかっているの
My mind


Nah nah...
さようなら
飛んでいくあなたの思い出


Nah nah...
願いなら
霞んでいく彼方へ泳いで


ラジカルに流れる
愛おしい音のキス


世界が広がる先に
(お先に)


もういいって、とりあえず
揺り戻されて、なんかね


もういいって、とりあえず
歩いていれば、気も紛れるし


もういいって、とりあえず
変わるうねりに耳をすまして


もういいってば、とりあえず
意味はわかる、わかりはするけど





曲を作る時、何回かライブで鳴らしてアレンジを練りますが、昨年この曲を鳴らすはずだったライブは割と無くなってしまいました。だからこの曲は演奏のアレンジより歌詞やイメージに関するやりとりが多かったように思います。んoonの曲は内省的で自己完結する歌詞が多いけれども、今回は多少なりとも時勢の徴候とか希望とかが紛れ込ませられたのではないかと思ってます。鼻歌にぜひどうぞ!

 

ねこ、この未知なるもの

積島直人

 んoonがバンドとして明らかに変わったのは、2016年のことだ。その頃、んoonにはVoのJCが加入し、インストバンドからVo編成のバンドになった時期でもあるのだが、そもそもバンドというコレクティヴは、人間と喜怒哀楽とが集合離散を繰り返す業の深いものなので、JCの加入自体はバンド史にとってさして重要なことではない。重要なこと、それは私がワラビとソテツという二匹の猫と共生を始めたことである。

 この人語を話さない二匹の生きものと、ムツゴロウの影響下にある私は、互いに舐め合い、嗅ぎ合い、全存在を賭けて愛撫しあう。彼らもまた彼らなりに、あの手この手で私に何かを伝えようとしてくる(ように見える)。恍惚も興奮も拒絶も諦めも入り混じったような彼らの反応は、傍から見れば大変に愛らしく、不気味で、滑稽で、奇妙なものだろう。この行為の中では何がやり取りされているのだろうか。私の愛情が伝わっているのか、彼らがその愛情に何をどう思って応えているのか、実際のところは何もわからないし確かめようが無い。私は、彼らの振る舞いから何かを読み取り、自分の中でナラティブとして解釈し、自分が肚落ちするように、都合よく感じ取るのだが、そこに彼らへの確認や承認といったプロセスは存在しない。

 わからないことのわからなさは、わからないまま、くっつくこともはなれることもせず、寄る辺なく佇んでいる。そんな未知なる体験は、んoonにおいて音楽を作ることのみならず、現在に至るまでメンバーと時間を共にすることにおいて非常に重要だった(ように思えている)のだ。

 かくして私は、猫との共生を機に、誰かに何かを納得いくまで説明する(させる)ことを目にみえてしなくなった。誰かと一緒に生きることや、何かをすることに、理解とか納得は必ずしも必要ではないのだと思えるようになった。その途端、それまで意味がわからず頭を抱えていたメンバーの話を、猫が外を見ながら鳴く声のように聞くことができるようになった。わかりたいと思って抱えていたジレンマは、わかろうとも納得しようとも思わない微笑へと形を変えた。

「あたしぃー天国にはァァ秩序があるとぉぉーおもうんですぅぅぅ」

と、毎度アルコールに侵された脳から自論を展開するユウコ(harp)の弛緩しきった発想にも、

「今集中してるから黙ってて!」と教習所の教官の口を塞ぐJC(Vo)の修羅の圧力にも、

首を鳴らして頭の血管が破れ、ICUで手術を施され、麻酔から覚めるや否や、「今週の練習ちょっと遅れるかも」とラインをしてくる江頭(key)の世界把握の仕方にも(どれも全く意味がわからず理解できなかったことなのだが)、私は少しだけ口角を上げて最大限の優しい眼差しで微笑みを贈った。するとどうだろう。それからというもの、んoonはなんだか色々がうまくなっていった。

 そんなある日、いつもの通り人語を話すわけわからない生きもの相手のバンド練習が終わり、家に帰って今度は人語を話さない生きものを相手にじゃれていた。どちらも大して変わりはしないが、あまりに笑みがあふれていたのだろう。パートナーが何気なく、その光景を写真に撮ってくれた。その写真を見て、私は衝撃をうける。写真に映る私の微笑みは、私が「スピッツの歌詞のフロイト的解釈」や、「メルツバウの音量とバタイユ的蕩尽」の話をする時に、私に向けられるメンバーの微笑みと全く同じだったのだ。

 私は『寄生獣』の田村玲子のように「ああ、そうか」とだけ思った。

 私が猫と暮らして得たこの感覚は、メンバーはすでに持っていたものだった。私にとってのワラビとソテツは、メンバーにとっては私であった。つまり私はワラビとソテツで、メンバーは私で、ワラビとソテツはメンバーなのだ。(多分あってる。)

 2020年は例年に比べ、世の中全般が割とわけのわからないことだらけだったように思えるが、我々は、それなりに色々な活動をすることができた。音源も少なからずリリースし、演奏も少なからず行い、楽曲の提供という新しい機会にも少なからず恵まれた。これもひとえに、私が猫という未知なるものとの出会いを経て得た感覚、そしてそれよりずっと前から私という未知なるものを微笑みで完全放置していたメンバーとの潮汐、つまりは「そもそもわけのわからないものとの付き合い方」に慣れたバンドであったことが、非常に奏功したのだと思っている。所詮、私も他のメンバーも、ワラビとソテツと同じである以上、説明できることや理解できることは限られているし、恐らくはかなり少ない。つまり、んoonが何かの事象に対応出来ることは相当少ない。いや、ほぼない。(たとえ、いよいよ人間が剥き出されたとしても。)

 その上で、んoonはこれから出会うわけのわからないものや、わけのわからない人のわけのわからなさと、どのように寄り添っていけるのだろうかと胸を躍らせている。そんなことはさておきながら、今年も、そしてこれからも、さらなるわけのわからなさと出会えますように。

TopnewsYuko Uesu